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東京地方裁判所 昭和29年(モ)10764号 判決

申立人(債務者) 横井英樹 外一〇名

被申立人(債権者) 鏡山忠男 外八名

主文

申立人等の申立を棄却する。

訴訟費用は申立人等の負担とする。

事実

申立代理人は、「申立人、被申立人間の東京地方裁判所昭和二十九年(ヨ)第二、八四五号職務執行停止仮処分申請事件について、同裁判所が昭和二十九年四月六日した仮処分決定を取り消す。」との判決、ならびに仮執行の宣言を求め、

その理由として、

申立趣旨記載の仮処分申請事件について、東京地方裁判所は、昭和二十九年四月六日「(1) 本案判決確定に至るまで被申請人横井英樹は株式会社白木屋(本店東京都中央区日本橋通一丁目九番地二)の取締役兼代表取締役の、被申請人大宮伍三郎、同鈴木一弘、同柴崎勝男、同中村金平、同菱田光男、同清家武夫、同福永長四郎及び田渕八郎は右会社の取締役の、被申請人中西政樹及び同両角潤は右会社の監査役の職務を夫々執行してはならない。(2)  右期間中、取締役兼代表取締役の職務を行わしめるため、藤沢市片瀬町西浜二千九百三十二番地弁護士有馬忠三郎、鎌倉市津二百五十六番地柄島俊輝、藤沢市鵠沼六千三百四十九番地松村善三を、監査役の職務を行わしめるため、神奈川県中郡二宮町山西九百四十三番地弁護士若林清を、夫々職務代行者に選任する。」との仮処分決定をした。そこで申立人等は右仮処分決定について、同月十三日本案の起訴命令の申請をなし、同裁判所は被申立人等に対し、決定送達の日から十四日内に本案訴訟を提起すべき旨の起訴命令を発し、該決定は同月十五日被申立人等に送達された。しかるに、被申立人等は、送達の日から十四日を経過した今日に至るまで本案訴訟を提起していない。もつとも、被申立人等は同月十六日同裁判所に、申立外株式会社白木屋を被告として株主総会決議不存在確認の訴(昭和二九年(ワ)第三、七九六号)を提起し、同訴が右仮処分決定に対する本案訴訟に該当すると考えているもののようであるが、右は前記仮処分決定に対する本案訴訟に該当しない。何となれば、商法はその第二百七十条において取締役の選任決議の無効確認、もしくは取消の訴、または取締役の解任の訴についてのみ職務執行停止ならびに代行者選任の仮処分を認め、右に該当する本訴は同法第二百五十二条の決議無効確認の訴および同法第二百四十七条の決議取消の訴、第二百五十七条第三項の取締役解任の訴以外には認められていないからである。すなわち、この三種の訴訟に限り、無効、取消または解任の判決に対世的効力を認め(商法第二百四十七条、第二百五十二条、第百九条、解任の訴については規定なきも解任の形成判決の性質上当然である。)したがつてこの種の仮処分も許されるのであるが、被申立人等の提起した右株主総会決議不存在確認の訴は通常の確認訴訟であつて、その判決は原被告間においてのみ効力を生ずるにすぎないものであるから、仮りに不存在確認の判決が確定しても、その効力は数名の原告と被告たる株式会社白木屋との間の関係において生ずるにすぎず、本件申立人等との関係において同人等が株式会社白木屋の取締役または監査役に選任せられたとする決議の効力を妨げ得ないこともちろんである。故に、右の如き申立人等に対してまつたく効力を及ぼすことのない判決を求める訴訟をもつて、本件仮処分の本案訴訟ということはできない。

さらに、株主総会決議不存在確認訴訟については商法第二百四十七条第二項、第二百七十条等の準用もあり得ない。すなわち、決議取消の訴または無効確認の訴については商法中特に明文をもつて、専属管轄、訴の提起についての公告義務、数個の訴についての弁論および裁判の併合、特別の場合の担保提供義務、敗訴の場合の損害賠償義務、その判決の対世的効力、嘱託登記等に関する規定を設けているが、これら各般の規定は特別の性質を有する株主総会決議取消または無効確認の訴訟に固有のものであつて、みだりに他の訴訟に準用または類推することを許さないものであることはいうまでもなく、このことはまた、株主総会決議の取消または無効確認の訴に関する商法中の規定は幾回かの改正によつてほぼ完全に近いものとなつたのであるが、その数年前の最後の改正の際にもなお且つ決議不存在確認の訴に関しては以上のような特殊の規定の適用または、準用が認められていないことによつて明かである。

と述べた。

被申立人等は主文第一項同旨の判決を求め、つぎのとおり答弁した。

申立人等の主張事実中、その主張のような仮処分決定のされたこと、申立人等がその主張の起訴命令の申請をなし、該起訴命令が、その主張の日に被申立人等に送達されたことは認めるが、被申立人等は起訴命令送達の翌日申立人等主張のような株式会社白木屋を被告とする株主総会決議不存在確認の訴を提起したのであつて、これが本件仮処分決定の本案訴訟に該当することは論をまたない。株主総会の決議の不存在確認訴訟は、一応存在する決議の無効確認やその取消を求めるよりもさらに一歩遡つて決議そのものの不存在の確認を求めるものであつて、性質上は通常の確認訴訟であるが、これにつき商法第二百四十七条第二項、第二百七十条等が準用ないし類推適用せらるべきものであることは多く論議をまたないところである。

理由

東京地方裁判所が、申立人、被申立人間の昭和二十九年(ヨ)第二、八四五号職務執行停止仮処分申請事件について、昭和二十九年四月六日申立人等主張のような仮処分決定をなし、ついで申立人等が起訴命令の申請をなし、該起訴命令が同月十五日被申立人等に送達されたこと、ならびに、被申立人等が同月十六日同裁判所に申立外株式会社白木屋を被告として株主総会決議不存在確認の訴を提起したことについては当事者間に争がない。

ところで、前記仮処分申請事件において、被申立人等が申立人等の株式会社白木屋の取締役ならびに監査役としての職務執行を停止し、代行者を選任する仮処分決定を求める理由として述べているところは、申立人等を株式会社白木屋の取締役ならびに監査役に選任したと称する株式会社白木屋の株主総会なるものは、法律上の株主総会でない非総会であり、その決議は法律上存在を認められない非決議または当然無効の決議であるから、被申立人等は申立人等がしたと称する株主総会の不存在または無効認確の訴を起そうとしているが、急迫の事情があるから、申立人等の株式会社白木屋の取締役または監査役としての職務執行停止を求める、というにあること、裁判所は右申請を相当と認めて申立人等主張のような仮処分決定をなしたものであることは、当裁判所に顕著な事実である。商法第二百五十二条は、総会の決議の内容が法令または定款に違反することを理由とする決議無効確認の訴について規定しているが、被申立人は前記仮処分申請において、なんら総会決議内容の法令違反、定款違反を主張しているわけではないから、被申立人等が提起しようとしている無効確認の本訴とは、右法条にいわゆる無効確認の訴を指称するものではなく、総会決議の不存在と同視すべき決議の当然無効なることの確認を求める訴を指しているものであり、裁判所は右不存在または無効確認を本案とする仮処分申請を相当と認めて仮処分決定をなしたものであることはまことに明らかである。しかして、被申立人等は株式会社白木屋を被告として株主総会不存在確認の訴を提起していることについては前記のように当事者間争なく、その請求原因として記載してある事実は、前記仮処分申請書に記載してある事実と同一であることは、また当裁判所に顕著な事実である。

申立人等は、被申立人等が株式会社白木屋を被告として提起した株主総会決議不存在確認の訴は通常の確認の訴であつて、その判決の効力は当事者たる被申立人等と株式会社白木屋との間においてのみ生じ、申立人等にはその効力が及ばないから、右訴を本案としては、申立人等の株式会社白木屋の取締役および監査役たるの職務の執行を停止するような仮処分決定をなすことはできない、と主張するので、この点について考えて見る。

株主総会決議不存在確認の訴の性質は、申立人等が主張するように、通常の確認の訴である。しかしながら、株式会社の株主、取締役または監査役等、会社機関あるいは機関の構成員より会社を被告として提起された株主総会決議不存在確認の訴を認容する確定判決には商法第二百五十二条、第百九条第一項の類推適用あり、その判決は当事者間のみならず第三者に対しても効力を有するものと解するを相当とする。

株主総会決議取消の訴、無効確認の訴、および不存在確認の訴は、一は形成の訴であつて、一応総会ならびに総会決議は有効に存在するが、商法第二百四十七条に規定するような瑕疵が存在するためにその決議取消の判決を求めるものであり、一は、総会そのものは存在するが、決議としてはその内容が法令、定款に違反するために法律上有効な決議として存在しないことの確認を求める訴であり、一は、総会そのものの成立が形式上一応は存在するもののように見えても、その成立過程における瑕疵があまりにも甚しいため社会観念上総会そのものが存在せず、したがつてまた総会決議が存在するとは見られないような場合において、その法律上有効な決議として存在しないことの確認を求める訴である、という点において、おのおのその類型的差異が存するけれども、これらの訴は結局いずれも総会決議そのものが「法律上有効な決議としては存在しない」ことの確定を求めることを窮極の目的とするものであるという点において共通の性質を有し、ただ一は判決によつて法律上有効な決議としては存在しないものと「なる」のであり、他は法律上有効な決議としては存在しないことが「確認される」だけの差異があるにすぎない。そうであるから、決議取消の訴ならびに決議無効確認の訴を認容する確定判決が、当事者のみならず第三者に対してもその効力を有す(第二百四十七条、第二百五十二条、第百九条)べきであるならば、これと同じ理由を以て、決議不存在確認の認容する確定判決もまた単に当事者間のみに止まらず、第三者に対しても効力を有すべきである。何となれば右不存在確認の訴を認容する確定判決が、単に当事者間にのみ効力を有するにすぎないとすれば、訴訟の対象となつた株主総会の決議、例えば、取締役または監査役を選任または解任する決議、定款変更の決議、提出貸借対照表、利益配当に関する議案等を承認する旨の決議等々は、原告となつた一名もしくは数名の取締役、監査役または株主等と会社との関係では存在せず、それ以外の取締役、監査役または株主等と会社との間では有効な決議として在存するものとして取り扱われることとなり、元来取締役、監査役および株主等に対して一体として取扱われるべき総会決議が、訴訟に関与したか否かでその取扱を異にすることとなる結果無用の混乱を惹起し、また株式会社法の大原則である株主平等の原則にも反する結果となるに至るであろう。決議取消の訴、無効確認の訴を認容する確定判決に法が明文を以て第三者に対する効力を認めたのも実はかゝる混乱と不平等を避ける趣旨に出たものというべきである。

而して、同じく総会成立の過程において瑕疵が存する場合に、決議取消の訴の外に、決議不存在確認の訴を認めざるを得ない所以は、前者については出訴期間の制限があり(商法第二百四十八条第一項)、この制限を設けた所以は、この場合においては、総会成立過程においてある程度の瑕疵が存するけれども、その瑕疵は比較的軽微であるが故に、社会観念上総会そのものは一応成立したものと認められ、株主および取締役がその瑕疵を追及しない限り、そこで成立した決議の効力を長く不安定のまゝに放置しておくことは妥当を欠くと認められるからであるが、総会成立過程における瑕疵があまりにも甚しいために、社会観念上総会そのものの成立さえないと認められる場合に、しかも決議取消の訴に準拠して、成立したと称する決議の日から三ケ月以内に訴を提起しなければ、その、元来存在しない、決議さえ有効な決議として存在するものとして取り扱われることは、決議無効確認の訴(出訴期間の制限はない。)との関連においても甚だ適当でないという理由に基くのである。しかしながら、総会が存在しないと認められる場合においても、それは総会成立過程に瑕疵があるのであると考えられるから、訴提起期間の要件に合致する限りは、商法第二百四十七条による決議取消の訴として、そこで成立したと称されている決議の取消を求め得ると解することができるであろう。

決議取消の訴、無効確認の訴、不存在確認の訴の三者は、おのおのその類型を異にするものであり、しかも前二者の訴の外に決議不存在確認の訴を認めざるを得ないこと前述の如くであり、また不存在確認の訴が、訴として認められる以上(決議不存在確認というも、過去の事実の確認ではなく、現在の法律状態の確認であること決議無効確認の訴におけると同じく、したがつて右の如き訴が許容されることは多く言を要しない。)右訴を認容する判決にいわゆる対世的効力を認めざるを得ないことは上述のとおりである。

申立人等は、決議取消の訴または無効確認の訴については、商法中特に明文を以て、専属管轄、訴の提起についての公告義務、数個の訴についての弁論および裁判の併合、特別の場合の担保提供義務、敗訴の場合の損害賠償義務、その判決の対世的効力、嘱託登記等に関する規定を設けているが、これら各般の規定は特別の性質を有する前記二種類の訴訟に固有のものであつて、みだりに他の訴訟に準用または類推することを許さないと主張するが、決議不存在確認の訴が、前記二個の訴と、その類型を異にはするが、その目的とするところは結局三者同一であるところよりすれば、その性質の許す限り、申立人等の主張するような規定は、不存在確認の訴にも類推適用さるべきであると考える。例えば、管轄、弁論および裁判の併合、訴の提起についての会社の公告、嘱託登記等に関する規定等これである。

右に述べたとおり、被申立人等が株式会社白木屋を被告として提起した右会社の株主総会決議の不存在なることの確認を求める訴を認容する判決は、右総会決議によつて同会社の取締役ならびに監査役に選任されたと称する申立人等にもその効力を及ぼすものであるから、右訴を本案として、申立人等の右会社の取締役ならびに監査役としての職務執行を停止し、その代行者を選任する仮処分決定をなすことができるものといわねばならない。申立人等は右決議不存在確認の訴についての判決が訴訟当事者以外には効力を及ぼさないことを前提として、右訴は本件仮処分決定の本案訴訟たり得ず、したがつて結局被申立人等は起訴命令に違背して右仮処分決定に適合する本案訴訟を提起しなかつたことになるから、右仮処分決定は取り消さるべきであると主張するが、前述のとおり、被申立人等が起訴命令において定められた期間内に提起した前記不存在確認の訴は右仮処分決定に対する本案に該当するものと認めるべきであるから、申立人等の右申立は結局その理由なきに帰する。

よつて、申立人等の申立を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 入江一郎 唐松寛 高林克己)

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